0006 受忍限度論

 H23年最判では、H19年最判と異なり、不法行為の成否の判断に受忍限度論が展開されている。以下に引用する。

「(光市弁護団)は、社会の耳目を集める本件刑事事件の弁護人であって、その弁護活が、重要性を有することからすると、社会的な注目を浴び、その当否につき国民による様々な批判を受けることはやむを得ないものといえる。そして、(光市弁護団)についてそれぞれ600件を超える多数の懲戒請求がされたについては、多くの視聴者等が(橋下氏)の発言に共感したことや、(橋下氏)の関与なくしてインターネット上のウェブサイトに掲載された本件書式を使用して容易に懲戒請求をすることができたことが大きく寄与しているとみることができる。のみならず、本件懲戒請求は、本件書式にあらかじめ記載されたほぼ同一の事実を懲戒事由とするもので、広島弁護士会綱紀委員会による事案の調査も一括して行われたというのであって、(光市弁護団)も、これに一括して反論をすることが可能であったことや、本件懲戒請求については、同弁護士会懲戒委員会における事案の審査は行われなかったことからすると、本件懲戒請求がされたことにより、(光市弁護団)に反論準備等のために一定の負担が生じたことは否定することができないとしても、その弁護士業務に多大な支障が生じたとまでいうことはできない。」

「(光市弁護団)の弁護人としての社会的立場、本件呼び掛け行為により負うこととなった(光市弁護団)の負担の程度等を総合考慮すると、本件呼び掛け行為により(光市弁護団)の被った精神的苦痛が社会通念上受忍すべき限度を超えるとまではいい難く、これを不法行為法上違法なものであるということはできない。」

「ところで、広く何人に対しても懲戒請求をすることが認められたことから、現実には根拠のない懲戒請求や嫌がらせの懲戒請求がなされることが予想される。そして、そうしたものの中には、民法709条による不法行為責任を問われるものも存在するであろう。そこで、弁護士法においては、懲戒請求権の濫用により惹起される不利益や弊害を防ぐことを目的として、懲戒委員会の審査に先立っての綱紀委員会による調査を前置する制度が設けられているのである。現に、本件懲戒請求についても、広島弁護士会の綱紀委員会は、一括調査の結果、懲戒委員会に審査を求めないことを相当とする議決を行ったところである。綱紀委員会の調査であっても、対象弁護士にとっては、社会的名誉や業務上の信用低下がもたらされる可能性があり、また、陳述や資料の提出等の負担を負うこともあるだろうが、これらは弁護士懲戒制度が自治的制度として機能するためには甘受することがやむを得ないとの側面があろう。」

須藤正彦裁判官の補足意見

「(光市弁護団)が被った被侵害利益について検討するに、それは、法廷意見が述べるように必ずしも甚大なものとまではいえず、また、所属弁護士会によって、本件発言後10か月以内の時期に懲戒しない旨の決定がなされているから、その精神的苦痛も既に相当程度に回復されているともいえる。」

このように、H19年最判の要件は、H23年最判で見直されたと言っても過言ではない。したがって、H19年最判だけに拠って請求を起こした原告らの主張は失当である。

(多数人による懲戒請求殺到行為の違法性について)

 本件は多数人による懲戒請求のうちの一つであるところ、多数人が衆を頼んで弁護士や弁護士会に不当な圧力をかける目的でしたならば、それはもちろん好ましくない。

 しかし、被告の本件懲戒請求は、不当な圧力をかける目的ではなかった。弁護士会が内輪に甘く為すべき懲戒を為さなかったり、弁護士会が内輪だけでしか通じない独自の価値観で固まり、社会一般の批判に耳を傾けない場合に、それではいけないと気付かせる目的で多数人が同時にしたのである。

 このような場合は、正当な懲戒請求であることは論を待たない。それはH23年最判の千葉勝美裁判官の補足意見も述べているので引用する。

「通常であれば弁護活動の当否に関わる場合には所属弁護士会は活動内容には介入せず懲戒処分をすることは避けるであろうが、本件の場合には、当否の問題にとどまらず、弁護士としての職務上の義務を果たさず、社会的に見て極めて不相当の行為であり、品位を失うべき非行というべきであって、国民の多くもそのような見方をしていることを所属弁護士会に伝えるべきである。そうすれば、弁護士会も、弁護活動の当否に関わる場合には介入しないという姿勢で門前払いをすることができなくなり、本件弁護活動が非違行為に該当するかどうかを中身に立ち入って検討せざるを得なくなり、その結果懲戒処分が出されることになろう。」という趣旨で呼び掛けをしたものとする見方が十分可能である。

上記のような見方を前提にすれば、本件呼び掛け行為が弁護士懲戒制度の趣旨に反する言動であるとまでみる必要はない。」

「そもそも、刑事事件の弁護活動といえども、あらゆる批判から自由であるべき領域ではなく(今日の社会において、およそ批判を許さない聖域というものは考え難いところである。)、公の批判にさらされるべきものである。その際の批判等に不適切なもの、的外れなものがあったとしても、それが違法なものとして名誉毀損等に当たる場合であれば格別、そこまでのものでない限り、その当否は、本来社会一般の評価に委ねるべきであり、その都度司法が乗り出して、不法行為の成否を探り、損害賠償を命ずるか否かをチェックする等の対応をすべきではない。弁護団としては、社会的な高い地位を有し、また、社会的な耳目を集め、多くの論評の対象になる著名事件の刑事弁護を担当していることから生ずる避けられない事態等ともいうべきものであり、一種の精神的圧迫感があったであろうことは想像に難くないが、甘受するしかないのではなかろうか。」

「ある程度の定型的な対応で済み弁護士業務に多大な支障が生じたとまではいえず、上記のとおり、弁護活動は本来批判にさらされることは避けられず、また、弁護士としての地位やその公益的な役割等を考えると、社会的に受忍限度を超えているとまでは言い難いところである。」

 以上のとおり、H19年最判はH23年最判で実質的に見直されており、懲戒請求の間口は非常に広く解され、弁護士が負う負担は受忍限度の範囲と考えられるに至っている。

 したがって、本件の審理もH23年最判に拠ってなされるべきであり、そうすれば原告らの請求が成り立たないのは明らかである。

 東京地裁金哲敏裁判では三木素子裁判長がH19年最判により判決する旨を法廷で公言しているが、さてどうなることやら。

(本件懲戒請求が不法行為を構成することについて)

 本件訴訟の要件事実は、原告らに懲戒事由があると被告が思料して懲戒請求したことが、「事実上又は法律上の根拠を欠いた場合であって、そのことを知りながら又は通常人であれば普通の注意を払うことにより知り得た」かどうかである。

しかるに原告らは、懲戒請求書に懲戒事由の具体的事実が特定されておらず疎明資料が一切添付されていないことの一事をもって、被告が事実的根拠について調査しようともしなかったと決め付けている。

 しかし、懲戒請求は「懲戒の事由があると思料するとき」「その事由の説明を添えて」行えば足り(弁護士法58条1項)、最初から疎明資料を付けることなど要求されていない。神奈川県弁護士会のウェブサイトも、懲戒請求手続きについて「弁護士が弁護士法に違反する等非行を働いたと思うときは」「事由の説明を添えて、その弁護士を懲戒するよう請求をすることができます。」と明記している。

 したがって、懲戒請求書に疎明資料が添付されていないことは、懲戒請求の制度上当然に想定されているのであって、その一事をもってしては、請求者が事実上及び法律上の根拠を欠いていたかどうか、そのことを知りながら又は知り得たかどうかは、わからない。

 ましてや、原告らによれば、被告が懲戒請求書に記載した懲戒事由が何を指すのか明らかでないと言うのであるから、明らかでない事柄について被告が根拠を持っていなかったと断定できるわけがない。

 したがって、彼らの主張自体が失当である。

 原告らは、被告がそれら懲戒事由があると思料して懲戒請求したことに、事実上及び法律上の根拠がなく、ないことを知りながら敢えて懲戒請求したとする根拠を主張する必要がある。

神奈川デモ関連での申告申立て

「虚偽申告申立て」について

「神奈川デモ関連での申告申立て」とは、原告らが、平成28年5月27日付で、社会福祉法人青丘社(神奈川県川崎市所在。)の申立代理人となり、通称Iの活動名で活動する訴外人(以下「I氏」という)を相手方(債務者)として、青丘社福祉法人の事務所入口から半径500m以内での「ヘイトスピーチ」を禁止する仮処分を、横浜地裁川崎支部に申立てた事実を指す(同裁判所平成28年(ヨ)第42号。

 尚、本件申立を受け、同裁判所は同年6月2日、I氏に対し一定の文言を用いたデモ等を禁止する仮処分決定を出した。

(イ)事実上及び法律上の根拠の説明

 被告が、原告らが「虚偽」申告申立てをしたとして懲戒事由があると思料した事実上及び法律上の根拠は、主に、以下の2点である。

(1)ヘイトのレッテル貼り

 原告らは、本件申立書に、I氏がヘイトデモを11回主催したと書いた。I氏が開催したデモでは、川崎市民として川崎市政を批判する政治的意見が多々含まれており、それらは政治的表現の自由として憲法上厚く保護されている言論であって、ヘイトスピーチとして禁止されるいわれのない言論である。

 一方、デモにおいては「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」(以下「差別的言動解消法」という)の第2条に定義される「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」(以下「不当な差別的言動」という)に該当すると後に本件仮処分決定で認定される発言があった。

 つまり、デモには、憲法上厚く保護される政治的言論と、不当な差別的言動とが混在していた。

 しかるに原告らは、敢えてこれを全部一緒くたに「ヘイトデモ」とくくり、レッテル貼りをすることで、I氏のデモにおける発言は全て尊重に値しないものであると印象付けようとした。適法な政治的言論の部分にまで「ヘイト」のレッテルを貼ったことは、明らかな虚偽である。

 そして原告らが弁護士であり、基本的人権の擁護を使命とすること(弁護士法1条)、差別的言動解消法が憲法で保障された表現の自由との間で高度の緊張関係にあり(そのために本邦では諸外国に比べ制定が遅れた)、弁護士にはその適用を主張するに当たって適法な言論を委縮させることのないよう格別の慎重さが要求されると解されること、現に本件仮処分で裁判所が差し止めの対象としたのは、多くの具体的文言例を伴う極めて限定的な発言であって、原告らが求めた「ヘイトスピーチ」なる曖昧な行為ではなかったこと、等を考えれば、原告らが「ヘイトデモ」とひとくくりにしてレッテル貼りをした行為は、弁護士法1条に違反しており、懲戒事由に該当する。

(2)本案訴訟準備中との虚偽

 原告らは平成28年5月27日付の本件申立書に「債権者は、債務者に対し、本案訴訟を提起すべく現在準備中である」と書いた。

 しかし、それから1年以上経過した平成29年6月1日の本件懲戒請求時点まで、「本案訴訟」を提起しなかった。ちなみにI氏によれば、2年以上が経過した平成30年7月初めまで、「本案訴訟」は提起されなかったそうである。

 既に本件申立て時に一応の疎明資料を準備できたことからすれば、本案訴訟の提起に1年も2年もかかるわけがない。すなわち原告らは、最初から「本案訴訟」を提訴する意思もなく、したがって準備中でなかったにもかかわらず、準備中だと「虚偽」を申し述べ、仮処分事件が本案訴訟と異なり立証のハードルが低く疎明で足りるという制度の穴を悪用して、I氏の川崎市政を批判する言論を不法に制約したものである。

 仮に虚偽でなく、本当に「準備中」だったとしても、懲戒事由に該当すると思料されることに変わりはない。なぜなら、弁護士職務基本規程(日本弁護士連合会の会規70号。)第35条は、「弁護士は、事件を受任したときは、速やかに着手し、遅滞なく処理しなければならない。」と規定しており、これに違反するからである。同条は、同会規第82条2項で「弁護士の職務の行動指針又は努力目標を定めたものとして解釈し適用しなければならない」とされる条項ではないから、単なる行動指針や努力目標にとどまるものではなく、弁護士の法的義務である。

実際、「事件放置」を事由とする懲戒事例は枚挙に暇がない。したがって、1年(実際には2年以上)もの事件放置ないし処理の遅滞があれば、懲戒事由があると思料するのが当然である。

 この件は横浜地裁で5人の弁護士の内、三木恵美子を単独提訴して係争中であるが、そろそろ3年になる。他の神原元をはじめとする4名の関係弁護士の提訴が急がれている。

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