日別アーカイブ: 2018年7月16日

2605 2018/07/16アラカルト①

ミカンの実
余命様スタッフの皆様いつもありがとうございます。やまとへの寄付ですが7月15日以降でもいいですか?。給料日前を避けたいです。

.....無理をせずに、都合のいいときにどうぞ!

 

YK
裏づけを取らずに動画サイトのコメントを引用して混乱させてしまった件をお詫びします。もっと慎重に裏づけを取ってから投稿すべきでした。
一つたりとも事実誤認があってはならないはずですから。
さて、サーバー会社に対して情報開示をめぐる裁判です。朝日がソースなのでどこまで事実か不明ですが、その訴えが事実であれば、余命様グループによる後押し支援も可能ではないかと思われます。
もし、通常の裁判なら情報開示まで行くのもありうることですが、これが左翼の場合、歴史上、「相手に危害を加えることを目的として個人情報の取得を目指している」のは100%明らかです。
「個人情報の目的外使用」について、屁とも思わない弁護士連中ですから、「相手にどんな危害が加えられようとも、『俺様に文句を付ける奴は許さん!』」という態度であるのは明白です。
わかりやすく言えば、「相手に危害を加えることを目的として個人情報の取得をどんな手を使ってでも取得する」事が主目的です。
つまり、「テロを目的としている」のと同じことですから、そういう意味でも、国際ボランティアのグループにもお伝えした方が良いかと思われます。
「テロリストに情報を渡すことを主目的としている」事から、「この裁判を起こした弁護士は、テロ支援者とみなすことが可能」だという事になりますね。
となると、国際機関を経由して、この弁護士の銀行口座の差し押さえも可能なのではないかと思われます。
余命様も大変、熱気にあふれておられ、「自分の情報なんてすぐに得られる」と熱く語っておられますが、それぞれがバラバラに仕事をされていたとしても、司令塔となる存在は絶対必要です。失礼ながら、二代目の方の大人しさ、温厚さよりも、今の余命様の「実行と行動力」の方が上回っていると思われますので、「余命の役割は終わった」ではなく、
「日本国民個人の覚醒と行動を促すために、心のよりどころ」としての役目を貫かれるよう、お願いしたいと思います。
「何かをするのではなく、象徴的な存在」として「ただ、その場にい続けていただく」
事が重要だということですね。
その意味で、「危害を加えることを目的とした個人情報取得」を、サーバー管理会社に向けて裁判を起こした連中の魔の手をいかにして防ぐか、十分、ご用心いただければと思います。警察があてになるかどうかは別として、時と場合によっては必要かとも思われます。
懲戒請求の場合、今度は、「相手に危害を加えることを目的とした裁判の『濫訴行為』について、懲戒を求める」という請求も可能だと思われます。
これが数百通、一千通と押し寄せたら、また弁護士側が裁判で訴えるというのでしょうか。事情があって懲戒請求に参加できないのが残念ですが、懲戒請求をするネタが一つ増えたため、お伝えさせていただきました。
なお、懲戒請求に参加できない代わりに、当方では「在日朝鮮人の兵役」について色々とネット他から情報の収集を続けています。
すでに帰化が取り消されている人の話もチラホラと聞き及んでいるところです。
それらをきちんとまとめ、余命様サイトでも発信できるような形で情報を提供させていただくように努力したい、というのが当方の当面の目標です。
現在のメインは懲戒請求の関係だと思われますが、同時並行で「在日朝鮮人への兵役義務の啓蒙活動・実際に母国での活動に従事させる」事は、善良なる日本人として是非必要だと思われます。
わかりやすく引用できる形にまとまりましたら、またお伝えしたいと思います。

 

イオンのバベル
初めて投稿いたします。余命PT、および参加している皆様の身命を賭しての日本再生の働きに感謝いたします。
このハンドルネームで書籍「余命三年時事日記」などのアマゾンでのレビューをさせてもらいました。
日本再生は、あらゆる分野で推進されなければならないと考えます。学術的な分野もその中の一つです。私は政治的活動に直接関与はできないのですが、学術的な分野で貢献できたらと考えています。
この分野も反日左翼に牛耳られてきたわけですが、保守側の動きも徐々に高まっていると思います。少し例を挙げると、西尾幹二氏のGHQ焚書図書の復元、山村明義氏のGHQ統治の研究、中西輝政氏、佐々木太郎氏のインテリジェンス研究などがあります。特に佐々木太郎氏は若手であり、その著書「革命のインテリジェンス」は日本における初めての本格的なインテリジェンス研究になっています。それはソ連の対外影響力工作の細部にわたる研究ですが、まさにこれは特亜の現在進行形の影響力工作理解につながるものです。
私は主に共産主義とソ連史の研究をしてきたのですが、民主党時代の様々な出来事を機に日本の政治に関心が向くようになりました。その中で、多くの疑問が生じるようになったのですが、余命三年時事日記に出会うことにより、その答えが得られたように思います。 それまでの知識や経験と整合性が非常に高い・・・信頼に足るものだと思いました。
私はブログ上で論文を発表しているのですが、その中から反日左翼の考察をした論文を一部抜粋して掲載してみます。
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日本はGHQの洗脳統治、WGIPによって徹底的に自虐史観を植え付けられてきた。しかし、これほどまでに長い間、国全体が自虐的になることに違和感を持たないだろうか。 一般的にそれはかなり考えにくいように思われる。世界史的に見渡しても、戦争に負けた国は無数に存在し、そのたびに抑圧的な政策を押し付けられてきただろう。それでも被抑圧民族、国民が心の底から自虐的になることはほとんどない。その政策を受け入れざるを得なかったとしても、心の中では抵抗しているはずである。日本の状況はかなり例外的だといえるかもしれない。それは日本人の民族性とも関係しているだろう。
しかし、自虐的であり続ける事は強いストレスであり、精神的な破綻をきたしかねない。 事実、心理カウンセラーがうつ病の原因を探っていくと、WGIPに行き着くことがあるのだという。日本には外国人勢力がかなり流入しており、その民族性から日本に対して攻撃的になる場合がある。いわゆる反日在日朝鮮人である。彼らは通名を使って日本人になりすまし、自虐史観の継続、強化を進めている。これは日本人としてのアイデンティティーを持っていないので、自虐史観はむしろ歓迎するものなのである。その是非は別として、これは理解できるところである。
ところが、日本人でありながら、自虐史観を積極的に維持し、強化していき、それが自己にとってマイナスの作用を及ぼさない。精神的な破綻をきたすどころか、かえってそれが強化される-このような人間が存在するのである。それがすなわち「反日左翼」と呼ばれている人たちである。
しかし、左翼であることが自国に対して敵対的であるのは全く自明のことではない。他の国では左翼であっても愛国心を持ち、自国に誇りを持っている。デモの風景を比較するとそれがよくわかる。日本の場合は保守系のデモは日の丸が多く掲げられてあるが、左翼のデモは国旗が1本もない。それに対して他国では保守、左翼とも自国の国旗は掲げられてある。 歴史的な例では、坂本龍馬はその時代においては極左であったと言えるが、坂本龍馬は熱烈な愛国者であったことは確実である。
しかし、現在の日本で極左で熱烈な愛国者というのは想像することさえできない。左翼であることが自国に対して敵対的であり、その弱体化や解体、最終的には破壊を目指すのは日本の特徴ではないだろうか。
この反日左翼がなぜ存在するのかという疑問を考察するのがこの小論の目的である。理解することの難しい(一般常識からはそのようにみなされていると思うが・・・ )その心理を追求してみたい。
まず、私見では日本と日本以外の左翼の違いは、その民族的、歴史的、地理的な要因から根本的なものがあるように思われる。日本以外では、社会での階級差が大きく、抑圧者と被抑圧者の対立が鋭くなる傾向がある。これはもちろん相対的なものだが、日本ではこの傾向は緩やかなものである。これは古来の天皇を中心とした家族的な国家形成が、西洋でいうところの共産制的な社会を生み出してきた。現在、我々があまりそのように感じないのは、まさにGHQの歴史歪曲に他ならない。天皇を尊敬するような歴史記述をしてはならない、という歴史教科書への圧力があったのである。また日教組を始めとする教育界は、反日左翼に牛耳られており、天皇、皇室が不要なものであるかのごとく扱われている。 (この日教組もGHQが作ったものである)大東亜戦争(太平洋戦争)以前の社会を意図的に暗く、悪く教える事が常態化している。例えば江戸時代の身分制度も、いわれているほど厳しいものではなかったようである。
つまり、日本以外の西洋などでは、その階級差から来る不平等を是正しようという動きが強く生じる。そこからマルクス主義などの共産主義思想が生まれてきたのである。その前提となる社会状況が、西洋と日本ではすでに異なっている。これはどういうことかというと、西洋が社会主義、共産主義思想などでめざした社会状況は日本ではある程度達成されており、日本における保守とはすでにこの達成された状況を守ることなのである。これが戦後、保守政党である自民党が西洋における社会民主主義的な政策を実行できた理由ではないだろうか。
そうなると、左翼が社会民主主義的なレベルで止まってしまうと、左翼としての存在意義を見い出せないことになるだろう。その存在意義を得るためには、さらに先に進まなければならない。それは当然、唯物史観における共産主義社会である。さらに徹底した無階級社会を目指すことこそ、日本における左翼の存在意義である。
そこには左翼が常套手段としている歪曲や偏向が保守的状況に対して用いられるが、戦後のGHQ統治はまさにこの左翼の要請と完全に一致しているのである。自虐史観が日本国民に徹底的に刷り込まれると、その状況を維持し、強化していく方向こそ共産主義社会に至る道筋である。つまり、このいったんもたらされた状況を逆方向に向ける事は、左翼の存立そのものを完全に否定することにつながる。日本の伝統、保守的状況を徹底的に攻撃し続けなければ、自己充足性の高い日本の社会に革命的状況など絶対に到来する事はない。これが共産党のみならず、旧社会党においても決して社会民主主義的勢力が力を持ち得なかった理由である。
このことも教育界やマスコミが全く言ってこなかったことであるが、日本は世界最古の歴史を持っている。その国家形成は、1人の絶対的な王や皇帝などによる武力による統一ではなく、もっと自然発生的なものである。天皇は決してそのような絶対的君主として君臨していた訳ではない。その精神的な統一性は、同一民族の閉じられた島国である-大東亜戦争以前には決して他国の侵略を受けたことがない、あるいは許さなかった-ことから強固なものがある。国家と民族的精神性は強固に結びついている。それは西洋における代表的な民族、ユダヤ人を例にとれば民族的同一性を強く維持していても、住む地域は実に流動的であった。また支那大陸においては、同一地域における異民族の興亡が絶え間なく繰り返されてきた。これらのことと実に大きな対照をなしている。反日左翼とはこの国家-精神的統一体に対する共産主義という全く異質の宗教による攻撃なのである。
しかし、反日左翼は共産主義-マルクス主義、唯物史観信者と断定できるものなのだろうか、という疑問が生ずる。これは実に難しい問題である。共産党員のように表立った活動をしていれば、これは非常にわかりやすい。しかしわかりにくいのは、最近ますます明らかになってきた社会の上層部に大量に存在するであろう隠れ共産主義者である。政界、官界、教育界、学会、法曹界、マスコミなどの領域に多くの隠れ共産主義者が存在するのである。これらの人々がどれくらい共産主義に意識的であるのかさえよくわからない。その中にはかなり無意識的な共産主義者もいるだろう。それ以外の人々にその影響は計り知れないほどを及ぼされている。無意識的な影響の連鎖となると、ある保守の論客が言ったように「思想ウィルス」として伝染していく、と捉えるのが良いのかもしれない。
自虐史観の推進は、GHQの洗脳統治を日本人が受け入れてきた、という事を起点としているが、それだけではなく共産主義者-反日左翼の勢力が大きく拡大されたことが要因になっている。これもまたGHQ内部の隠れ共産主義者が日本の共産主義勢力を拡大させたわけだが、この時共産党員だけでなく、様々な領域の変更が行われている。それは表面上、目立たない形で行われているのである。つまり、GHQの隠れ共産主義の形態が日本においても拡大されていったと考えることができる。ここで大きな疑問は、なぜ共産主義は表立った活動だけでなく、このような隠れた形で存在し、広まっていくことができるのかということである。
共産主義社会への道筋はマルクスの言うように経済が基本となる。経済形態は物質的な形態であり、それは誰の目から見ても明らかな変化となって現れるだろう。それは決して隠れて実行できるものではないのである。
その疑問に対しては、これはあくまでその段階においては「思想」として広まっていったのだ、という答えが返ってくるだろう。ところが、その「思想」の内容からすれば、資本主義社会は資本家と労働者の階級対立が激化していき、最終的に労働者の革命が起こり、資本家を駆逐し、資本主義社会の上部構造を覆し、共産主義社会に至る-その結果、国家はおのずと死滅していく、ということなのだから、これはあくまで「思想」としてのみ存在するはずである。これを実行する主体はあくまで労働者なのだから、資本主義社会の上部構造に属する人々は決してその思想を実行する主体とはなり得ないはずである。行動できるとしたら、それはその思想を伝播する、広めていくといったことだろう。もちろん、このような事は行われてきたわけだが、これら資本主義社会の上部構造に属する人々 、すなわち政界、官界、教育界、学会、法曹界、マスコミなどは、決してそれだけに留まらない-自分たちが共産主義革命を実行している主体だと思っていないだろうか。
レーニンがそうであったように、労働者は本当は革命を実行する主体にはなり得ない-このように思っているし、またそのように言う人もいる。それはマルクス・レーニン主義となり、さらにフランクフルト学派などに代表されるような、上部構造から変革していくという方向性は広く浸透していったのである。
上部構造から共産主義革命を実行するというのは、どのような形態を意味するのだろうか。もっとも単純で明快な説明は次のようになるのではないだろうか。唯物史観の定義によれば、共産主義社会は労働者のみがすべてを司る社会である。その社会においては労働者を抑圧する上部構造は消滅している。もし、上部構造自らがその状態を目指すとすれば、自らを消滅させること-破壊させることになる。さらにいえばこれは上部構造の自爆である。
このように上部構造の上部構造による上部構造に対する完全なテロリズムが上部構造による共産主義革命である。このように理解すれば、これは様々な巧妙な逆説的論理や情報操作などを用いて、長期間にわたって上部構造を徐々に衰滅させていくようなことも革命なのである。それは労働者が行うような単純な暴力的革命である必要は全くない。
つまり、それは共産主義革命-共産主義社会に向かうということに建設的な要素は全く存在しないので、それが共産主義の実行であるという事を表面化させ、明示する必要は全くないのである。そこに独自の建設的要素があれば、共産主義に向かうものだということが誰の目にも分かるようになる。その状態は隠れ共産主義が可能になる状態ではないのである。 上部構造は非常に複雑で、微妙なバランスの上に成り立っているので、それを少しずつ崩壊させていくことは、その能力のある人間にとってみれば比較的たやすいのである。そこには非常に専門性の高い知識や能力が要請されており、一般的になかなかわかりにくい。これが上部構造における隠れ共産主義を可能にしている理由であり、それは個人の内面に関わる問題であるがゆえに、それを他者が把握することは非常に困難なのである。
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まさにこれらのことは、共産主義を知らない人にとっては信じがたいことかもしれませんが、上部構造の自爆テロ(もちろん 、これは物理的な意味ではなく、行政や司法を機能不全にするという意味です )による共産主義革命というのは現実のものになりつつあります。左翼野党がよく批判ばかりでオルタナティブがないと言われますが、自爆テロが目的ならそもそもオルタナティブは必要ないのです。
安倍政権による日本再生の動きが本気であることにより、左翼野党の本性が現れるようになったと言えるでしょう。もちろんマスコミも同様です。ただ、現実にはそれらは世俗的利益や権力欲などと一体化しています。純粋に革命に邁進しているというわけでもない。このような両義性を常に持っています。
共産主義に染まった人間が法曹界に入るということは、法を守るためではなく、破壊するために入るのです。上部構造の消滅ということが前提にあるので、どのような矛盾した行為も正当化されます 。法律の恣意的な解釈、運営も当たり前のことなのです。このような反日左翼と在日とは高い親和性を持っており、容易に結びつくことが想像できます。その歴史過程はこれからの研究対象になることでしょう。

.....こういう記事が余命ブログでは当たり前に配信される。反日左翼や在日は頭が痛いだろう。
もう4年になるが、余命ブログがソネットから遮断されたときは単に在日特権の実態をアップしていただけだった。それが今では諸悪の根源マンセー日弁連だけでなく、本丸である在日コリアン弁護士協会LAZAKにまでせまろうとしている。
当初、日弁連は、ちょいと脅して無視すればすむとして、検察と同様の対応をしたのだが、検察は公務員であり、日弁連は民間である。余命側の結束の固さも誤算だったろう。
いまや弁護士の関係では「正義とか法の番人」とかは死語となっている。
このままいけば日弁連解体とか第二の日弁連設立とか、あるいは代理人業務の士業への解放とか本体そのものへの影響が必至であるだけに、すでに逃げ腰である。
しかし、在日コリアン弁護士協会LAZAK の弁護士が動いた以上引けなくなった。
神原元弁護士は確信犯だからともかくとして、佐々木亮弁護士と北周士弁護士その他のグループ賛同弁護士はLAZAK のあとでは動きにくかろう。
懲戒請求の事由が朝鮮人学校補助金支給声明なので、もろに在日コリアン弁護士協会が訴訟に打って出て、その後に続けば、無条件で反日、朝鮮人支援売国奴確定となる。
ただでさえ猛烈なハンデ戦である。この関係は次回にまた取り上げる。

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